【記録】1972年(昭和47年)12月17日 法華講清涼寺支部結成更新日:6月14日1972年(昭和47年)12月13日:法華講清涼寺支部結成 認可。 初代講頭増田廣司氏、他1名により申請。君津25世帯)1972年(昭和47年)12月17日:支部結成式を執り行う。これを記念し、納骨堂前に銀杏の樹が植樹されました。植樹碑 1972年(昭和47年)12月17日植樹された銀杏 2022年10月撮影紅葉した銀杏 2022年11月撮影清涼寺支部の歩み2022年50周年記念法要にて※ 画像をクリックすると拡大表示されます
【記録】1972年(昭和47年)11月23日 清涼寺創立15周年記念法要並びに 納骨堂落慶法要 総本山第66世日達上人御親修 並 御親教更新日:6月15日 昭和47年11月23日、清涼寺創立15周年記念法要並びに納骨堂落慶法要が奉修されました。この法要に際し御親教を賜りました。『日達上人全集』に「法蓮抄」の御講義とともに、この折に詠まれた俳句が収録されています。また、本堂前に植えられた御手植えの寒椿が毎年咲いています。11月23日 千葉清涼寺15周年法要の砌「堂前に 記念植樹や 寒椿」「法蓮抄」の御講義から抜粋 本日は、当清涼寺におきまして納骨堂が完成し、その落慶を兼ねて、当寺創立15周年のお祝いということで参りました次第でございます。 15年前、当寺は、これは境内地が600坪ございまして、その時分 大きな農家がありました。それから墓地は後から買いまして、これだけに立派になりました。まことにありがたいことと思っております。 納骨堂ができて、お祝いの法要だ、お祝いだというとよその人は笑うかもしれません。この納骨堂が出来て喜んでいるんだから、死を急いでいると思うかもしれません。しかし、この法華経の信心は、生死一如、死も生も一如である。生まれたからと言って喜ぶべきでもなく、死んだからといって悲しんでばかりいるものでもなく、常に久遠からの我々の生命である.御本尊に向って、南無妙法蓮華経と唱えるところは、これ「我此土安穏 天人常充満」と、自我偈に解かれておる。我々のおるこの土は、天人が常に充満し、まことに安穏の世界である。 (日達上人全集 2-7-550)清涼寺納骨堂落慶法要の砌清涼寺納骨堂と寒椿 2026年2月撮影清凉寺本堂と寒椿と梅 2026年2月撮影※ 画像をクリックすると拡大表示されます
【記録】1965年(昭和40年)10月13日 清涼寺三師塔の建立更新日:3月20日 三師塔とは、宗祖日蓮大聖人・二祖日興上人・三祖日目上人の 墓所を表す五輪塔のことです。昭和40年10月13日に、第2代 細井珪道住職により建立されました。三師塔裏書より:昭和40年10月13日建立 総本山66世日達 住職弟子 珪道(2024年撮影)清涼寺三師塔の建立三師塔全景 2024年7月撮影三師塔全景 2022年撮影三師塔裏書清涼寺第2代細井珪道住職 2004年総本山にて清涼寺三師塔と桜 2025年4月撮影※ 画像をクリックすると拡大表示されます