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【記録】1972年(昭和47年)11月23日 清涼寺創立15周年記念法要並びに  納骨堂落慶法要  総本山第66世日達上人御親修 並 御親教

  • 1972年11月2日
  • 読了時間: 2分

更新日:2 日前

 昭和47年11月23日、清涼寺創立15周年記念法要並びに納骨堂落慶法要が奉修されました。

この法要に際し御親教を賜りました。

『日達上人全集』に「法蓮抄」の御講義とともに、この折に詠まれた俳句が収録されています。


また、本堂前に植えられた御手植えの寒椿が毎年咲いています。


11月23日 千葉清凉寺15周年法要の砌

「堂前に 記念植樹や 寒椿」


「法蓮抄」の御講義から抜粋

 本日は、当清涼寺におきまして納骨堂が完成し、その落慶を兼ねて、当寺創立15周年のお祝いということで参りました次第でございます。


 15年前、当寺は、これは境内地が600坪ございまして、その時分 大きな農家がありました。

それから墓地は後から買いまして、これだけに立派になりました。まことにありがたいことと思っております。


 納骨堂ができて、お祝いの法要だ、お祝いだというとよその人は笑うかもしれません。この納骨堂が出来て喜んでいるんだから、死を急いでいると思うかもしれません。

しかし、この法華経の信心は、生死一如、死も生も一如である。

生まれたからと言って喜ぶべきでもなく、死んだからといって悲しんでばかりいるものでもなく、常に久遠からの我々の生命である.

御本尊に向って、南無妙法蓮華経と唱えるところは、これ「我此土安穏 天人常充満」と、自我偈に解かれておる。我々のおるこの土は、天人が常に充満し、まことに安穏の世界である。

  (日達上人全集 2-7-550)


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