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 2025年9月15日、満80歳以上の法華講員を対象に清凉寺法華講支部「敬老の集い」が開催されました。


 本年は戦後80年の節目の年を迎えました。

対象の皆様にはこの間、宿縁薫発して会い難き妙法に巡り会い、大きく境界を切り開きながら広布に尊い人生を捧げてこられたことと思います。

かけがえのない桜梅桃李の人生を顧みるとき、改めて感慨無量のものがあると拝察いたします。

参加された皆様の広布に尽くされた功績と長寿を寿(ことほ)ぎ 、無病息災と更賜寿命を御宝前に御祈念申し上げました。


 読経唱題の後、清凉寺御住職様の挨拶・清凉寺支部講頭より「お祝いの言葉」がありました。

そして清凉寺支部有志の方々による余興・くじ引きと続きます。


 余興では、マイクなしの美声が本堂中に響きました。「こうして健康で歌が歌えるのは御本尊様の功徳です!」と話されていました。

次に、ヴァイオリンと歌唱の親子共演がありました。

ヴァイオリン独奏では「ひまわり」が演奏されました。

歌唱の最後には、皆さんで懐かしい歌謡曲を合唱しました。


 そして、参加者代表の「謝辞」、「結びの言葉」がありました。


 私たちは、その尊い信心の伝統を受け継ぐ者として、新たな責任を担っています。単に受け取るだけではなく、自ら信心を深め、勇気をもって折伏に励み、さらに未来の世代へと信心を受け渡していかなければなりません。これこそが、先輩方への最大の報恩であり、私たちが果たすべき使命です。


 敬老の日にあたり、改めて「信心を次の世代へつなぐ」ことの大切さを心に刻み、今日一日も御本尊様への確信を強くもち、勇猛果敢に前進してまいりましょう。


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 清涼寺での御難会(ごなんえ)・竜口法難会・龍口法難会(たつのくちほうなんえ)は下記の日時にて行います

9月12日(金) 18時    御難会【時刻注意】


 大聖人は文永8年(1272年)9月12日夜半、鎌倉をお出になり、丑の刻に竜口において頸をはねられようとしました。しかし、不思議な光り物が江の島の彼方から北西の方角に飛来し、太刀取りの眼がくらみ、ついに頸を切ることができませんでした。


 この子丑の時というのは仏法上深い意義をもっています。子丑は陰の終り・死の終り、寅は陽の始め・生の始めを意味しますが、釈尊を初めとする多くの仏様もこの丑寅の時刻に成道(仏様となること)したのです。

すなわち、文永8年9月12日の子丑の刻は、大聖人の凡身としての死の終りであり、寅の刻は大聖人の御本仏としての生の始まりなのです。この時大聖人は、凡夫のお立場から末法の御本仏としての真実の姿を顕わされたのです。


 そこで、毎年9月12日に御難会法要をおこない、大聖人に対し仏恩報謝(ぶっとんほうしゃ)申し上げると同時に、未曾有の迫害とそのご苦労を偲び奉り、広宣流布を誓うところに御難会法要の意義があります。

<日蓮正宗ホームページ 年中行事より>


清凉寺山門 2025年8月撮影

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 8月31日(日)に清凉寺法話会が、JR千葉駅近くの塚本大千葉ビルにて開催されました。

猛暑の中でしたが、ご参加いただきありがとうございました。


 日蓮正宗清凉寺 太田執事より、「不安な社会を生き抜くために」の講演テーマに基づき、わかりやすい仏法の基礎を教えて頂きました。

この生きづらい世の中を生き抜くために、信仰を保つことの大事さ、成仏に向けて仏道修行を続けることの大切さを学びました。


 第一部 11時〜 第二部 13時〜 と行われ、初めて参加された方もいらっしゃいました。


 次回は11月30日(日)を予定しております。

多数のご来場をお待ちしております。


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